Biography

上杉昇[Show Wesugi]BIOGRAPHY

1972年5月24日:埼玉県川越市に生まれる。

1977年[5歳]幼稚園に入るも1ヶ月で退園し、マンツーマン幼稚園に転園。

1979年[7歳]埼玉県川越市立泉小学校入学。

1983年[11歳]夏休み期間に母、叔母と共に実家から出奔、神奈川県横須賀市立諏訪小学校転入。

1985年[13歳]神奈川県横須賀市立常葉中学校入学。

1987年[15歳]GUNS’N Rのビデオを観てロックに興味を持ち始める。

1988年[16歳]横浜の育生会技術専門学校に入学するが半年後に自主退学。暴走族・伊勢原チャングウの元リーダーと初めてのバンドを結成。

1989年[17歳]ハノイロックスのコピーバンドとして町田プレイハウスでライブ開始。出待ちが出現。

1990年[18歳]「ビーイング音楽振興会オーディションで上位入賞、プロデューサー長戸大幸氏の目にとまる。

1991年[19歳]大島康祐(Key.)、上杉昇(Vo.)、柴崎浩(G.)の3人によりWANDS結成〜デビュー。

1992年[20歳]9月に大島が脱退し、木村真也が加入。その後シングル「世界中の誰よりきっと」(w/中山美穂)、「もっと強く抱きしめたなら」、「時の扉」、「愛を語るより口づけをかわそう」、
「世界が終るまでは…」、アルバム『時の扉』、『Little bit…』、『PIECE OF MY SOUL』がミリオンセラー超えを記録する。

1994年[22歳]第8回日本ゴールドディスク大賞受賞 (1993年度シングル 4,112,008枚、アルバム 3,187,564枚)。

1997年[25歳]柴崎浩とともにWANDSを脱退し、al.ni.co結成。

2001年[29歳]7月にal.ni.co活動中止を発表。

2002年[30歳]冬、心斎橋クラブクアトロと川崎クラブチッタでのワンマンを皮切りにソロ活動を開始。

2003年[31歳]主催イベントライブ「Ja-palooza」スタート。

2006年[34歳]The 15th anniversary LIVE [The Spoils of Rock] を渋谷O-EASTと心斎橋BIG CATにて開催し、その後の新宿ロフトでの「Ja-palooza06」よりバンド・猫騙の活動をスタート。

2008年[36歳]12月6日:「PEACE MAKER SUPER PEACE FESTIVAL」でLOUDNESSと共演。

2009年[37歳]猫騙のMiya38が闘病生活に入り、9月4日に逝去。

2012年[40歳]8月26日:『Animelo Summer Live 2012』さいたまスーパーアリーナにシークレット・ゲスト出演し、織田哲郎と「世界が終るまでは…」を歌う。

2013年[41歳]5月26日:東京キネマ倶楽部にて2006年以来6年半ぶりとなるソロ・ワンマンライブ「SHOW WESUGI Live 2013『Resurrection』」開催。

2016年[44歳]12月4日:神戸チキンジョージを皮切りに、25th ANNIVERSARY LIVE [black sunshine Ø(ZERO) ]公演をスタート(2017年末の東京・日本橋三井ホールまで)。弦カルテットにグランドピアノ、そしてアコースティックギターという編成。

2017年[45歳]6月3日:故郷・横須賀のスタッフから依頼されたことを意気に感じ、暴力団の組長役として初出演した映画「スカブロ」が公開。
8月:初の海外公演となる猫騙ワンマンライブを上海万代南夢宮文化中心にて開催。
9月:台湾にて、プロ野球チーム「ラミゴモンキーズ」開催のジャパンフェス「「YOKOSO桃園」にてゲストライブを行なった際に約1万5千人の観客を集め、この年の観客動員数記録を作る。

2018年[46歳]1月10日:幼少期の家庭環境による母との出奔の過程や破天荒な10代、ビーイングでの葛藤からWANDS離脱、al.ni.co、ソロ、猫騙を経た2017年までを赤裸々に語った自伝本とライブCD、DVDのセット「世界が終るまでは… 上杉昇25th Anniversary BOX」を全国発売。
7〜9月:アコースティックギター平田崇、ピアノ森美夏とのトリオというシンプルな編成の「上杉昇 ACOUSTIC TOUR 2018 Survivor’s Guilt」で東京、仙台、金沢、広島、札幌、京都を久しぶりに廻る。
8月1日:俊英KASHIWA Daisukeとの出会いによりエレクトロニカとロックを融合させたサウンドに、戦士が生き残ったことで感じてしまう罪悪感を歌詞にして乗せたシングル「Survivor’s Guilt」発売。
9月:織田哲郎、NoBとともに『YNG(YOUTH NEVER GONE)CONCERT 』の第1回公演を中華人民共和国・武漢で開催。続いて10月には中国の動画共有サイトYoukuの番組「dunk of china」最終回にゲスト出演し、中国出身のNBAプレイヤーやアジアのスターJay Chouと初共演する。
10月24日:「Survivor’s Guilt」で描かれた世界観に加え、太平洋戦争当時の兵士の心象風景や戦国時代の恋愛絵巻、現代日本人のあるべき姿までを思い描いた12年ぶりのソロ・アルバム『The Mortal』発売。
10〜11月:初となるイオン名古屋みなと、川崎ラチッタデッラでのフリーライブやミナミホイール出演に続き、アルバム『The Mortal』のアレンジにギター、ドラムス、キーボードの生演奏を詰め込んで炸裂させる「上杉昇 ERECTRIC TOUR 2018 The Mortal」を東名阪で開催。翌2019年3〜4月には新潟、博多、東京での追加公演も実施。
12月14日:「SHOW WESUGI STRING QUARTET LIVE『black sunshine』2018」を東京・日本橋三井ホールで開催。

2019年[47歳]1月:中華人民共和国・杭州で開催されたLEXUS CHINAのクローズドイベントに招待され、ゲストライブを行なう。
5月:PINKのベーシストとして名を馳せ、ロラパルーザへの出演経験やL’Arc~en~Cielとのコラボでも知られる岡野ハジメ氏をレコーディング・プロデューサーに迎えたライブ会場限定シングル「火山灰」発売。
6月:『YNG』第2回公演を中華人民共和国・成都にて開催。
7月6〜8日:沖縄にて初のアコースティックライブ+平田崇&森美夏の演奏で観客が上杉曲を歌唱+ステーキハウスで上杉昇が料理をサーブ……などの奇抜な企画を詰め込んだ初のファンクラブ旅行を実施。同月に中華人民共和国・上海メルセデスペンツアリーナにて開催された『BILIBILI MACRO LINK-STAR PHASE 2019』に招待され、ゲストライブを行なう。
8〜10月:アコースティックツアーとDVD試写会+トークライブを並行して開催。秋田の森岳温泉では初の夏祭り出演と、じゅんさい試食も経験する。8月3日には『YNG』第3回公演を中華人民共和国・北京にて開催。
10月9日:さいたまスーパーアリーナで開催された『NBA Fan Night』で「世界が終るまでは・・・」を歌う。
10月16日:ソロ初のライブDVD『SHOW WESUGI ERECTRIC TOUR 2018-2019 The Mortal」』を、初回限定盤には同曲のライブCDもパッケージした形式で発売。ファンクラブ会員による購入時には、一般流通盤未収録楽曲をプレスしたDVDがプレゼントされた。
10〜12月:史上最強に荒ぶる上杉昇の姿が各地で目撃された「SHOW WESUGI MIXTURE TOUR 2019 防空壕」とCD試聴会+トークライブを並行開催。
12月14日:2019年の第3弾ディスクとなったシングル「防空壕」発売。カップリングには同年3月に死去した萩原健一氏に敬意を表して「愚か者よ」が収録された。また同月、中華人民共和国・広州で開催されたAlibaba主催のイベント『Alifishi Animation Music Festival』に招待されライブ、続いてマカオで開催された『テンセント音楽2019アワード(TMEAWARDS)』に招待され初のレッドカーペットを経験し、イベントではトリを飾る。その後も中華人民共和国・武漢で開催された音楽イベント『漫世界2019 哇卡动漫演唱会』に2日間出演する。

2020年[48歳]3〜5月:「SHOW WESUGI MIXTURE TOUR 2020 防空壕」とCD試聴会+トークライブを全国11会場で開催。
5月:中華人民共和国・上海東方体育中心で開催される『Fantacy on Ice 2020 in SHANGHAI』にてゲストライブ出演。

to be continued…